弱視であるということは、それだけで日常生活に支障がで る。一般の人と並んで仕事はできないし、知らない場所では 身動き一つ取ることも躊躇われた。

日常的に通る道や、幼なじみの家など慣れきった空間は、体がどこに何があるのか覚えている。これでも自分の家の中でなら、ひとりでいても食事も入浴もできる。 幸い光に目が反応するので、色の判別もできる。慣れてさえしまえば、私はどこでも生活できると勝手に思っていた。

しかしそれは裏を返せば、知らない場所で生きていくことや 遠出、仕事がまともにできないということだ。今は両親がいる。マツバがいる。面倒を見てくれる人がいる。だから私は 安心して生活ができる。だけど、両親は私よりも長くは生きられないし、マツバだって、結婚したら私に構ってなんかいられなくなる。そんなとき、私は1人で生きていけるだろう か。
途方もない不安に、ついぞ泣き出してしまいたくなる。
しかし盲目でも立派に1人で生きていける人たちの話も聞く。きっと大丈夫だ。私だって、頑張れば、生きていける。生きていけるから、そのために。


「マツバから卒業するの」
「え?」

彼が持ってきた肉まんを咀嚼しながら、鼻声で言った。いつものように私の元にきた彼は、私の隣でお茶を啜っている。 私の突拍子もない言葉に可笑しな声を上げた彼に、もう一度 「マツバくんから卒業します」と敢えてゆっくりと丁寧に言った。

「マツバだって、お見合いの話いっぱいきてるんでしょ?」
「……」
「よくマツバママさんが私のお母さんに愚痴吐きに来るもの。『もう四度目もお見合い断ってるんですよ』って」
「まあ、ね」
「だってマツバが結婚できないのが私のせいとか厭だし。奥さんができたら私のとこになんか来ちゃダメなんだから。マツバは私に気を使い過ぎなの」
「うーん……」
「マツバ聞いてる?」

そんなだから、私は甘えたくなるんだ。ああ、だめ。ちゃんと平気なふりをしなきゃ。マツバがいなくたって私はきっと平気。寂しいけど平気。
――寂しい?
確かに、いつも一緒にいる幼なじみを取られるのは寂しい。でも幸せになるんだから祝ってあげないと。マツバは綺麗な優しい人と結婚して、綺麗な優しい奥さんと幸せになればいいんだ。私は立派に独り立ちして、立派に生きる。それがいい。

「僕は別に、お見合いで結婚する気なんかないよ」
「名家の後継ぎが何言うの」
「いや……だから」
「よし、今から卒業式しよう。マツバから卒業する私を見送って」
「name」
「式場は、えっと……スズネの小道!」

残った肉まんを口に押し込み、お茶で流し込む。そうして立ち上がると、手首に付いた鈴が音を立てる。半ば強引にマツバを外に引っ張り出した。 スズネの小道までは、正直道がよくわからない。それを告げるなり彼は苦笑して「案内するよ」と私の手を取った。
私の手を握る彼の手のひらや指先は、私より幾分か体温が低い。優しい証だ。今日もマツバは優しい。だから私は彼の手のひらを握るのが好きだ。
控え目に絡めてくる指も、合わせた手のひらも、強くもなく弱くもなく引っ張ってくれる力も。歩くときは歩幅も合わせてくれるし、私が神経質に慎重に道を進んでいるのをわかってるから、歩く速さもその都度変えてくれる。

でもそれも今日で最後。明日からはしっかり1人で歩いていくんだ。自分自身に誓って、彼の手に引かれて歩いていく。
私たちが歩を進めるたびに、鈴の音がした。
鈴は、やっぱり持っていよう。鈴だけでも持っていれば心強 い。

……でも。

(マツバのお嫁さんになれる人はいいなあ)

私なんか目があまり見えないから、結婚できるかもわからない。嫁ぐことになったらすごく迷惑かけるし、私みたいな人間の場合、相手方の家族に反対されるに違いない。子供とかできたって上手く面倒を見られるかわからないし、何よりも子供にまで弱視であることが遺伝するかもしれないのだ。下手したら子供は盲目かもしれない。

(結婚は無理、だよなあ)

でも、だったら余計、彼には迷惑をかけたくない。彼の手のひらを強く握りながら、私は歩き続けた。


20110215


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